発達障害就労日誌

色々あるけどまぁ生きていこうじゃないかというブログです。

第一回借金玉アイコン展覧会 その1

アイコンが欲しいなぁ、とある日思いました

はい。そういう欲が出たわけですね。今のクズリちゃんも可愛いけれど、自分用にカスタマイズされた作品が欲しい。めっちゃ欲しい、そのようにして「誰か書いて」というツイートをしてみたところ、30点近い作品が応募され、ツイッターとブログやっててよかったなぁと思いました。

「とりあえず自分で書いてみるか」という案もあったのですが

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このような事態が発生しました。借金玉さんは動作性が完全に終わっており、文章以外のあらゆる表現技能が一切ありません。絵、楽器、造形など全てが死んでおります。尚、自己評価としては「僕にしてはウルトラ良く書けてる」です。

尚、募集は小一時間で終了したのですが、この短時間でこれだけの品質の絵を描ける皆さんがゴロゴロしているインターネットは本当に怖いところだと思いました。まぁ、無駄喋りはいいですね、皆様の作品をご覧ください。

 

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ちゃー。 (@_char3_) | Twitter様の作品です。記念すべき初投稿作品です。うん、すごいかわいい。かわいいけど、こちらの作品を僕のアイコンにするのって罪に問われたりしませんか、大丈夫ですか。

 

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えせはら@U21 - ゲムマ春 (@esehara) | Twitter様の作品です。えせはらさん、絵も描けたんですか、超びっくりしました。キラキラした目元にコンサータ!!の文字が気持ちを感じさせます。ちなみにえせはらさんですが、phaさん(phaの日記)とこに遊びに行って壁をハンマーで破壊してたら存在していてびっくりしました。何故みんなphaさんの周囲に吸い込まれていくのか、科学的な理由はわかりません。壁を破壊した理由もよくわかってません。

 

 

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いたみコーベ (@ofupaco_neo) | Twitter様の作品です。眉毛が良いですね。すいません、よくわからない理由で借金玉の文字の下の方が切れてしまいました、ごめんなさい。目がキラキラしている特徴を抑えているのはえせはらさんと同じですね。なるほどなぁ。

 

 

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荻野遊之 (@oginoyuno_nah) | Twitter様の作品です。いや、妖怪っぽさが大変よいですね。この墨っぽいタッチ大変好きです。元画像の特徴を抑えつつ、いい感じのデフォルメが効いている。アイコン集を見ていると、皆さんの目にあの画像がどのように映っているのかわかってとても面白いですね。

 

 

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複素 数太郎 (@Fukuso_Sutaro) | Twitter様の作品です。大変尖った作品なんですが、なんというか「ネタ」の領域ではなく、センスが飛びぬけてますよね。なんというか、僕はこの作品が大変好きです。あんまりなんか言うのも無粋な気がする。

 

 

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エス (@neonightlife) | Twitter様の作品です。なるほど借金玉だけにな。この後背景と名前を入れた画像も頂戴したのですが、僕はざっくりとしたこっちの方が好みに合致しますのでこちらから紹介させてください。完成版も大変パンチがあり、次回をお楽しみに。うむ、使い勝手が大変よさそう。

 

 

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新宿太郎 (@from_naname) | Twitter様がどこからか入手された画像とのことです。これ、可愛いですよね。ざっくりとした感じがなかなかよい。新宿太郎さんは現場主義のブローカーで古いおうちを直して売ることに定評のある方です。何故か右派左派を問わず活動家に詳しいという特徴もあります。

 

 

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カシス長老/KATYART🇷🇺 (@katyart_d) | Twitter様の作品です。デザインとしての完成度が図抜けてますね。背景とサインまで含めて大変完成度が高い。この作品が投下された辺りから、「事態が制御不能になってきたぞ?」という空気が出てきました。

 

 

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ふじ@不注意マン (@futyu_i) | Twitter様の作品です。このアイコン、フォロワーの皆様からの評判はぶっちぎってますね。シンプルな線で特徴を抑えた愛らしさが大変よい。なるほど、こういう表現手法もあるんだなと思わされました。

 

 

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むし (@_musi) | Twitter様の作品です。キツネに寄せてきましたね。実はクズリ、全身を見てみるとキツネっぽい雰囲気もある生物です。目がキラっとしてる点は他の作品とも共通してますね、目力を感じます。やっていきましょう。

 

 

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KnmMtym (@KnmMtym) | Twitter様の作品です。よし、事態が完全に面白くなったな、という感じがしました。借金をして起業に失敗するタイプのフレンズです。大変かわいらしく、「このアイコンだと借金玉の発言のムカつきが低減される」という意見と、「より一層ムカつく」という意見の両方が観測されました。

 

 

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海抜00㍍ (@Mizunicism) | Twitter様の作品です。「フリー素材です」の一声とともに投下されましたが、うおお!って感じですよね。大胆なデフォルメと画力。完全にやばくなってきたと認識しました。この絵の何が好きって牙の根元です。生き物の牙という感じがすごくします。

 

 

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p (@WHAMART) | Twitter様の作品です。「一番借金玉っぽい作品」大賞だと思います。この絵の質感やポーズまで含めて、妻が「完全におまえ」と認定しておりました。社会の重みを感じさせる絵で最高ですね。

 

イッキに全部紹介しようかとも思ったのですが、これ以上一度に並べると数が多すぎて一作品ごとの印象が薄れてしまうな、という懸念が発生しましたので急遽前後編に分けることにしました。もう一回やりますので、普段のブログとか読まなくてもいいですからそっちだけは見てください。宜しくお願いします。

ご投稿いただいた皆様、本当にありがとうございました!

未紹介の皆様、次回もぶっこんでいきますので少々お待ちください。

 

ヤミ金起業小説、闇金一郎君頑張る。第一話

※この小説は聞きかじった程度の現実を元にしたフィクションです

※犯罪を奨励する意図は全くなく、犯罪は割に合わないからやめようという意図で書かれたものです。

※怒られたら消しますので怒らないでください関係各位

 

 

闇金一郎君は27歳です。

高校はヤンチャをして中退、その後は曖昧にアルバイトをしたり、あまり遵法的とはいえないことをちょこちょことしたりして暮らしてきました。逮捕歴はなく、破産歴もありません。反社会的勢力に属してもいません。

一郎君は母親のアパートに非公式パラサイトをしています。

非公式、というのは家にずっといるとケースワーカーさんがやってきて「あら息子さんと同居してるの?なら生活保護とめるね」という世界観になってしまうからです。しかし、一郎君は以前一人暮らししていたおうちを家賃の滞納で追い出されてしまったので、他に行くところもありません。たかが不動産屋と舐めてかかったら、一郎君の恫喝に1ミリも引かないおじさんがやってきてびっくりしたみたいですね。

さて、そういうわけで一郎君は煮詰まっていました。27歳という年齢は、全てが限界に差し掛かる時期だと感じていました。クレジットカードは止まってますし、携帯電話の維持費を払うのもカツカツです。母親も狭い1Kのアパートに居座り続けては良い顔をしません。一郎君のお母さんはまだ40代前半です、彼氏がアパートに来る度に追い出されるのは一郎君としても辛いものがあります。

こう見えて一郎君、十代の頃は結構良いカオだったんです。度胸があり喧嘩も強くそれなりに機転も利き、悪い大人とのツテもあったので、地元の低質なチルドレンたちの間で「一郎さん」と言えばちょっとしたビッグネームでした。チルドレンの揉め事を仲裁したり、適宜に因縁をつけたり、盗品を右から左に捌いたりして小金が回っていたあの頃も今は昔、最早一郎君の周囲に人垣は出来ません。道を歩いても「一郎さん、ウッス」という声はかかりません。いつの間にか、女に不自由するようにもなってしまいました。

ある日、一郎君は一大決心をして仲間を集めました。昔は一声で20人は集まったものですが、その日深夜のファミレスに集まったのは僅かに2人でした。一郎君は車も車検代が支払えず手放してしまったので、ママチャリをキコキコと漕いでファミレスに向かいました。イカ釣り漁船のような光を放ち、ズンドコズンドコ音が鳴る改造に200万もかけた愛車を手放したのは痛恨でしたが、無いものは無いのです。仕方がありません。

ヤミ金を始めようと思う」

一郎君は言いました。

「そんな金どこにあるんすか」

粗暴が言いました。

粗暴は粗暴なので粗暴と呼ばれています。よくわからない理由で人間を殴ることに定評があり、キャリアとしては少年院を出ているので院卒と言えます。しかし、度胸は一級品でここ一番の揉め事では頼れる男でもあります。一郎君も暴力にはそこそこの自信がありますが、粗暴の暴力を振るう決断の早さと躊躇いが一切ない故の腕っ節には一郎君も一目置いています。「ムカついた」という理由で教師の後頭部に椅子を叩きつけた彼の神話は未だに母校の語り草です。

「反社太郎さんが500万円出資してくれた」

「まじすか」

粗暴は目をぱちくりさせています。おそらく、「すごい人が500万円くれる」程度の理解なのでしょう。仕方ありません、粗暴にそういうところは期待していない。

「いや、一郎さんそれはヤベーっすよ」

サギが言いました。サギはこないだまで振り込め詐欺グループに所属していた男です。しかし、「だるい」という理由で営業をサボっていたら怒られが発生し、ついでに小銭をちょろまかしていたことも同時発覚し、反社会アルティメット怒られから生還した輝かしい経歴があります。(代償は溜め込んでいた小銭全てと骨折3箇所でした)

サギは、こう見えて商業高校を卒業した後に商学部を中退しており、なかなかのエリートと言えます。さりげなく振り込め詐欺に必要になる程度のエクセルは使いこなしますし、二次関数までは理解しています。携帯電話も上手に契約することが出来ます。口先もそれなりに達者なので、振り込め詐欺グループでは万能プレイヤーとして重宝されていました。

「月20万で総額800万円返せばいいって話なんだ」

一郎君は切り出しました。

 

一郎君も反社太郎さんからお金を借りるのにはやはり抵抗がありました。言うまでもなく反社太郎さんはガチの人です。しかし、一郎君と反社太郎さんは同じ中学校の出身で、十年来の付き合いなのです。太郎さんは時々「事務所に遊びに来るか?」と言うくらいで、一郎さんを本格的なガチの道に誘ったことはありません。昔から何くれとなく世話を焼いてくれて、メシを食わせてくれたやさしい先輩です。

一郎君は反社太郎さんをそれなりに信頼していました。何十回となく一緒に飲んで、酔いつぶれた太郎さんが一郎君の家に泊まったことも何度もあります。ちょっとしたケンカで悪い筋の人が出てきてしまった時に電話一本で全てを解決してくれたこともありました。

闇金をやりたいです」

一郎君がそう告げた時、反社太郎さんは一言

「楽じゃねえぞ」

と言いました。

「覚悟の上です」

一郎君はそう切り返しました。そして、創業プランを必死にまくし立てました。そう、一郎君も無策ではありません、それなりのプランは用意してあったのです。一郎君は伊達に質の悪いチルドレンの顔役をやっていたわけではありません。零落した今となってもそれなりに付き合いと知恵があります。そのようにして出資の話がまとまりました。一郎君は800万円の借用書を切りました。それ出資じゃなくて融資じゃないかな、と思った皆さん、そんな悲しいこと言わないでください。

「俺とおまえの仲だからな、契約は明確にやろう。小難しい金利も入れねぇ。300万乗っけて返せ、それだけだ。月20万、返済は意地でも遅れるな。ただし、返済猶予期間を3ヶ月やる。死ぬ気でやれ。他はとりあえずいらん。しっかり儲けろ。それと、月に一回月末に経営状況を俺の事務所まで報告に来い、わかったな?」

なんという男気でしょう。保証人も担保も求められませんでした。500万借りて、40回返済で800万というのは金利としては安くありませんが、ヤミ金創業の資金調達としては悪くないような気がします。闇金を創業するのは一郎君にとっても初めての経験なので比較は出来ませんが、500万ポンと貸してくれる人が他にいるとは思えません。銀行に創業計画書を持っていくわけにもいきませんし。

「俺の名刺もやる、大事に使え」

反社太郎さんのなんかゴテゴテした名刺も5枚もらいました。反社太郎、相談役とか書いてありますが、なんかよくわかりません。なんかよくわからないけど大事に懐にしまいました。これは大事なアイテムのような気がします。

「事務所も紹介してやる、この不動産屋に行って俺の名前を出せ、ただし自分の名義では借りるなよ、話のわかる不動産屋だ、後は自分で何とかしろ」

 なんということでしょう、ネックだと思っていた事務所もあてがついてしまいました。闇金一郎君の物語はここから始まります。

 

 

それでは、次回以降ブログネタが尽きる度に適当に書いていこうと思いますのでよろしくお願いします。

 

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キャラクター紹介

闇金一郎 モデルあり 頑張って闇金を創業してわりと頑張った知人。たぶん存命。現在はガールズバーを経営しているという噂があるが、関わりたくはないので詳細不明。

粗暴 モデルあり 盗難車で覚せい剤をきめながらひき逃げというトリプル役満を達成。服役中というところで情報は途切れる。その後については間違っても知りたくない。

サギ モデルあり 色々と筋の悪い仕事をした後更正。現在はコールセンターに勤めながら2児の父とのこと。よかったね。頑張ってレーザーで刺青を消してるらしい。

反社太郎 █████ ██████████████████████████████████████████

██████████████████████████████。

 

この小説は聞きかじった程度の現実を元にしたフィクションです。時系列などは整合させるのがタルいのでわりと適当です。

当事者じゃないのでディティールは若干甘いと思いますが、細かいディティールを僕以上にご存知の皆さんからのアドバイスなどはお気持ちだけ頂戴いたします。母方の祖父の遺言で、反社会的勢力の皆さんには借りが作れないのでその点ご容赦ください。

犯罪はわりにあわないからやめましょう、そういう気持ちを込めて書いています。

 

シャイニング丸の内さんへアンサーしてみる話。

言及いただきました

www.shiningmaru.com

キャリアブログでブイブイ言わせているシャイニング丸の内氏からこのような言及をいただき、これは絶対面白いというわけでちょっと色々書いてみようという話になりました。ハイキャリア野郎VSドブ板起業失敗マンの戦いです。人生は10:0で僕の負けっぽいですが、この勝負はどうなるでしょうか。それでは、シャイニング丸の内さん。僕が強く当たりますので後は流れでよろしくお願いします。

ちなみに、言及いただいた元記事はこちら。

new.akind.center

先日ニューアキンドセンター様で書かせていただいたエントリですね。人間は絶対裏切る、だから裏切られないようにガッチリ足場を固めて起業するよろし、そのような旨のエントリです。さぁ、考えていきましょう。

 

理想論としてはシャイニング丸の内氏の言うとおりだと思います

はい。そういうわけでここから考えていきたいと思います。シャイニング丸の内氏の主張は要約するとこの一行 に尽きるのではないかと思います。

人は裏切るのではなく当人にとって合理的に動くだけ

つまるところ、創業メンバーにとって合理的な判断として「会社に残る」という選択肢が常に最適であるように経営をすればいい、ということですね。

これは、理想論としては仰る通りだと思います。これを俺はやれると思っている方はシャイニング丸の内氏理論で創業すればいいでしょう。止めません。あなたにはあなたの哲学があり人生があります。僕の意見なんて所詮は敗者の意見です。当てにする必要はまったくありません。

「会社が窮地に陥って他社から良いオファーを出せれば逃げる」と書かれていますが、当人にとっては当たり前じゃないかなと思います。ここで代表取締役として被害者意識を持っていてどうするのだろうか。そうなったなら代表としてはそんな環境しか作れなかった自分に罪悪感を持つくらいでほどよいと思います。

代表取締役は巻き込んだ人たちが有能であればあるほど「その人の時間を使っている」という時点で強烈な責任感を持つべきであって「会社が窮地に陥ってうちの給料は月給30万円なところ他社から月給80万円のオファーを出されて逃げられた」なんて感じるべきではないと思います。会社を窮地に陥らせて有能であるにも関わらず相場よりはるかに下の給料しか払えず今とどまれば浮かび上がる輝かしい未来を描くことが出来ない」という自分の能力不足を感じるべきだと思います。

主には株式、契約によって「ザイルを結ぶ」と書かれていますが、自分が代表なら「有能な人間のもっとも貴重なりソースである『時間』を使っている」という時点で強烈な責任感を持つべきだと思います。

なるほどなるほどなるほど。本当に理想論としてはその通りです。

それが出来れば素晴らしいことだと思います。さて、創業期から拡大期、安定期までの時期でこれをやり通せた企業ってどれくらいあるんでしょうか?創業メンバーにとって「合理的な判断として会社に残るべき」という判断をさせ続けられる経営を創業期から拡大期にかけて、常に続けられる会社というのはどれくらいあるんでしょうか?そんなの狙ってやることができるんでしょうか?

 

会社経営は想定外が降り注ぐ戦場です。

創業した会社が全てまっすぐな上昇線を描いて成長していくなら、世の中こんな楽な話はありません。ドブの底を這いずり回って嗚咽を噛み殺しながら耐える時期が、どんな会社にも一度はあるのではないかと思います。

先月もなんとかギリギリ資金を回せた経営者の皆様、お疲れ様です。死んだらダメですよ。あなたが死んでも誰も得しないですからね。生命保険の受取人を血縁関係や婚姻関係のない他人にするのも結構難しいし、身内に一回流した金がちゃんと渡るべき人に渡った事例を僕はあんまり聞いたことないですよ。やめましょう。

さて、創業企業の1年生存率は40%、5年生存率は15%、10年生存率は6%とか言われてます。これ、めんどくさいんで調べてないんですけど、ちゃんと決算してる法人の割合とかで算出してると思うので、多分現実の数字はもっと低いと思います。僕の会社だってまだ残存してますし今年もちゃんと決算します。うっせえ、赤字いっぱい積んであるんだよ。これ使いきるまで潰せるか。今年も税金払ったるわ。

さて、これほどボコボコ死んでいくマンボウの稚魚みたいな世界観で、一度も危機に陥らず成功できた企業というのはどれくらいあるのでしょうか?まぁ、多少はあるのかもしれません。資金繰り難にも、事業の絶望的な難所にもぶちあたらず遊覧飛行で飛びきった会社も無いとは言えない。でも、周囲を見渡すと大体の会社は「あの時潰れててても全然おかしくなかった」みたいな難所を何度か通過してきています。

僕自身も最終的に詰まって死んだとはいえ、そこに至るまで何度も「危ねええ!」みたいな難所を乗り越えてきました。ぶっちゃけ創業初年度は「月刊、会社存続危機」みたいな感じでした。起業をする人間は二種類に分かれることがわかります。絶対的な難所に一度も遭遇しない前提で創業をする人間と、難所はブチ当たればいいという覚悟で創業する人間です。僕は後者、シャイニング丸の内氏は前者になると思います。

しかし、「自分の給料削っても役員どもに妥当な給料が払えねぇ・・・」程度の難所に一度も遭遇せず成長できるという確信を持って創業出来る人がどれだけいるのでしょうか。また、実際そのような事態に一度も陥らずに成長できる企業がどれだけあるんでしょうか。この辺は考えどころです。「俺はイケる」と思った皆さんは突き進んでください。

事態は加速度的に悪くなる

経営陣と社員合わせて数名というような構成の小さい会社が一度資金繰り難などにぶつかると、事態は「資金繰りをなんとかすればいい」というレベルでは済まなくなります。というのも、この規模の会社の場合「抜けていい人材」なんて存在するはずがないからです。(存在するとしたらクビにするべきですね)特に、創業メンバーである役員クラスの連中は、全員が「事業に必要不可欠」という能力を持った人間の筈です。

しかし、「この会社ヤバクね?」という空気が発生すると、「事業に必要不可欠」な人材が抜け始めます。これは本当にクソやばいです。端的に、事業が継続できなくなるからです。何も考えず創業メンバーに単純な株式の譲渡をしていた場合などは、「株は持ち続けるけど、俺は役員を辞める、もうこの会社で仕事はしない」とか言われるでしょうね。(最悪です、創業メンバーで株式の持合いをする場合は最低限ここは考えておきましょう)

「基幹メンバーが一人抜けたら潰れる」という状態を回避するには、基幹メンバー並の能力を持った予備人員を入れておく、ということになりますが、これも経営効率としてはかなり疑問符がつきます。そんな余剰が創業企業にあるわけがない。仮にあったとしても、会社経営が難所にさしかかればその予備人員自体が逃げ出すということも十分にあり得ます。というか普通に考えてそうなりますね。予備人員、いてもほとんど意味が無いですね。

つまるところ、「自分の会社の行く先に難所が出現する可能性は一切ない」と考えるのでなければ、常にメンバーにとって合理的な選択肢として会社に残るべき環境を維持し続けるというのは不可能であると考えるしかないと思います。

皆さんが資本金100万円で起業するのか1000万円で起業するのか10億円で起業するのか僕にはわかりません。しかし、そのいずれにせよ経営の難所は残念なことにかなりの確率でやってきます。創業メンバーにとって、会社からの離脱が合理的な選択肢になってしまうタイミングは必ずやってくると思った方がいいと思います。

その時どうするか、メンバーの個人としての利益と会社としての利益が完全に相反してしまった場合、代表取締役はいかに事態を立て直し、登場人物の利害相反を整理していくか。これこそが窮地における代表取締役の仕事そのものです。これについては先だってのエントリで書きましたね。窮地に陥ってから動いても遅いってことです。その前に、窮地に陥っても利害相反の発生しない組織を作っておかなかった時点で負けです。

 

責任感の大事さはわかるけど、出資者への責任感は?

シャイニング丸の内氏は「有能な人間の時間を使わせてもらうことへの責任感を強く感じろ」という主張を強く押し出してきています。再度引用しますが

主には株式、契約によって「ザイルを結ぶ」と書かれていますが、自分が代表なら「有能な人間のもっとも貴重なりソースである『時間』を使っている」という時点で強烈な責任感を持つべきだと思います。

根源的な話なんですが、「責任感」を持ったところで会社経営って上手くいくんでしょうか。創業メンバーに時間を費やさせることへの責任感、確かにそれはあるでしょう。でも、それを認識したところで何かが変わったりするんですか?「責任感を感じて給料をいっぱい払った結果資金繰りが終わった」なんてことも十分ありえます。それに、創業メンバーってのはリスクとリターンを天秤に掛けて賭けに打って出た人間の筈です。賭けが上手くいかなかったのは個人の責任でもありますよね。経営者として会社経営に参画した以上、「俺は何の責任もない」という世界観にはいられないでしょう。

もちろん「俺には責任があるんだ」と考えて代表取締役として経営をすることは悪いことではありません。でも、責任感を持ったくらいで経営が上手くいくほど世の中甘くはない。そして、何より起業家がもっとも責任感を感じなければならない相手って、創業メンバーではないですよね。出資者への責任感こそが最も大きいはずです。

代表取締役は巻き込んだ人たちが有能であればあるほど「その人の時間を使っている」という時点で強烈な責任感を持つべきであって「会社が窮地に陥ってうちの給料は月給30万円なところ他社から月給80万円のオファーを出されて逃げられた」なんて感じるべきではないと思います。会社を窮地に陥らせて有能であるにも関わらず相場よりはるかに下の給料しか払えず今とどまれば浮かび上がる輝かしい未来を描くことが出来ない」という自分の能力不足を感じるべきだと思います。

確かに、会社経営が窮地に至ってしまった点において代表取締役は能力不足を恥じるべきでしょう。僕も恥じ続けています。しかし、その事態が起きた時に責任感を持って「他所に行っていいよ、あなたの時間を無駄にはできない」と基幹メンバーに言える人間は、出資者に対して全く誠実さを持っていない起業家ではないでしょうか。出資者の金を預かって創業した以上、どんな手を使ってでも窮地を脱することこそが起業家にとって最も大事なことであり、出資者に対しての「責任感」であるはずです。シャイニング丸の内氏の考え方はこの点を完全に無視している。出資者への責任感を感じるなら、重要なメンバーをそう簡単に逃がしてやることはできません。どんな手を使ってでも残ってもらうしかない。

そして、僕の考え方はシャイニング丸の内氏とはまったく逆で、「事業継続に不可欠な創業メンバーはどのような事態に至ろうとも絶対に逃げられないようにしておくべき」です。創業メンバーより出資者への責任感の方が重いですからね。そういうわけで、創業前に「事態が悪くなったらここまで悪くなることもあり得る、それでも参加するか?逃げ出さないか?」というような話し合いをガッチリと創業メンバーとした上で、それに同意したことをエビデンスとしてしっかり残し、更に法的な後ろ盾を作っておくべきだと考えています。もちろん、その「悪い事態」に耐えてもらうためには、株式を配分するなどのこちらから「差し出す」方策も必要になるでしょう。どれだけ社長に責任感があろうとも、無い金は払えないという圧倒的な事実が発生することは実によくあります。出資者に対する責任感があるなら、その時の対策は打っておくべきです。

口座の金も底を尽き、エンプティーの状態でギリギリ会社としての体裁を回しながら金が入る日まで耐え抜く。そういうシーンはわりとよくあります。取引先に支払いを待って貰い、もちろん社長の給料は全ストップ、役員の給料もゴリゴリ削るしかない。そこで尚耐え抜いてくれる人間でない限りは、起業を共にし株式を分かち合った創業メンバー足り得ないと僕は思います。

 

起業は合理的な道ではない

ところで、シャイニング丸の内氏は「合理的」という言葉を良く使いますが、起業ってそもそも合理的ですかね?僕がかつて勤めていた職場は、40歳までいればまぁ確実に1200万は貰える職場でした。僕はそこを辞めて起業したわけですが、これが合理的な判断だったとはまったく思えないです。どちらかといえば、狂気がそこにはありました。

一定以上の社会的地位や能力を持っている人間にとって、「起業」が「合理的」な選択肢である可能性はそれほど高くないと思います。組織にしがみついているほうがよっぽど合理的です。しかし、それでも何故我々は起業を志すのかといえば、合理的な筋道では到底到達できないものを求めてしまったからです。

創業企業に「能力に見合った相場通りの給与」などを求めて入ってくる時点で、それは相当頭がおかしいわけです。(いやまぁ、初期時点でアホみたいな出資を得た金満スタートアップとかなら別ですけど)会社を成長させ、その結果辿り着く大いなる実り。まぁ売却ゴールでも上場でもあるいは会社をデカくしての役員報酬や株主配当でもなんでもいいですけど。とにかく、起業するからには我々はそういうものを求めたわけです。

スタートラインからして合理的でないものに飛び込んでおいて、「合理的じゃなくなったから辞めるわ」というのは話が合わない。創業メンバーはそれが合理的ではないことを承知の上で、賭けに出た人間の集まりの筈です。その賭けに勝つまでの過程に艱難辛苦が待ち受けており、時には個人としての合理性など捨て去って、会社のために働きぬかねばならないことがあるのは当たり前のことでしょう。

少なくとも、そう考えていない人間はどれほど優秀であっても創業メンバーに入れることを薦められません。「人間は合理的に動く」それはその通りです。しかし、会社組織を立ち上げ利益を出し成長させ、その先にある大いなる実りを得るということは、合理的な行動の結果としてやってくるものではないのです。ハイリスクハイリターンな賭けに飛び込んで、最後まで戦い抜いた人間だけが得られる果実なのです。

合理的な給料が欲しいなら、創業メンバーになど絶対になるべきではありません。自分の能力に見合った給与を保障して欲しいなら、さっさと大手企業に入りなさいというお話です。起業家というのは「そういうものはいらない」と腹を括った人間ではないでしょうか。その上で、「この会社で勝負する」と決めた人間だけが、「創業メンバー」と呼べるのではないでしょうか。

 

僕とシャイニング丸の内氏の考え方の違い

1.働く環境

(シャイニング丸の内氏の本分より引用)

自分が気の合う人々と望む働き方をしているか。創業当初だからといってブラックな働き方を強いるのは長く続きません。ブラックは働き方をするのは自分だけで十分です。 

僕の考え方

創業当初なんて何をどうやってもブラックです。そもそもブラックなんてのは労働者の概念であって、我々労働法規に守られない経営者には一切関係ありません。1日15時間程度働いて音を上げるような奴は追い出した方がいいです。どうせその先もついてこれません。その時点で人員の選定に失敗しています。休日?プライベート?そんなもんが欲しけりゃ労働者をやればいいですよ。経営側になった以上、時間で働くという概念は捨ててください。自分の持ち場の仕事が終わるまで働き続けるのは当たり前のことです。経営者ですから。その代わり、仕事がなければ出社すらしなくていいです。

 この創業当初の時期は全員が脳からバチバチにあれが出ているので、そんなに辛くないと思います。「上司」すら存在しないに等しく、自分の専門分野なら裁量100%のフリーハンドで仕事が出来るわけで。この状態なら長時間労働なんてたいした苦にはなりません。むしろ、この時期に下手にプレイヤーの労働時間を制約しようとすると非常に強い負の効果が出やすいです。というかキレられます。なにせ起業しようというほどのワーカホリックの群れなんですから。死なない程度に思う存分働きましょう。最高に楽しいと思います。組織の制約から解き放たれた人間たちの最初の晴れ舞台です。思う存分踊らせてやりましょう。

創業初期の戦場で労働環境を整えようなんてのは、最前線でパスタ茹でて食おうとするようなものです。そういうのはいいからレーション齧りながら戦ってください。でも大丈夫。創業して時間が経った頃にあなたはきっと思います。「あの時こそが本当に楽しかった」と。そこそこ従業員が増えて来て労働環境をある程度整えた頃に「あの頃に戻りたい」という気持ちが発生するのはもうお約束みたいなものです。

創業初期は狂奔の時期です、従業員もいないかあるいはいたとしても少数ですし、何も心配ありません。駆け抜けましょう。ここを抜けられなきゃ何も始まらない。労働環境なんて話が出る幕はありません。

 

2.現時点での給料

(シャイニング丸の内氏の本文より引用)

その人がポジションを探した場合に最大値を取ることは難しいですが、相場くらいの給料は出す。出せないなら巻き込まない。出せないのは自分の能力不足(資金調達が出来ない、足元の資金を回す事業さえも作れない)。

僕の考え 

「給与」を目的とした人材しか集められなかった時点で負けていると思います。株式を分かち合った創業メンバーに関しては、会社を成長させていった後の大いなる実りを目指している同士なので、当然報酬は抑えます。年俸の基準は、会社がどれだけ儲かっているかと、どれだけその利益に当人が貢献しているか、それだけです。「相場」なんて概念は全く関係ありません。役員の人件費を削れば創業利益を分けてやらなくて済む優秀な傭兵も雇えますし。ただし、自分(代表取締役)の給料はもっと抑えます。会社で一番給料が安いのは俺だ、が僕のやり方です。

相場通りの給与が欲しいなら相場通りの給与が貰える会社に行けばいい。相場通りの給与を得ながら創業者利益にも浴しようなんてのは認められません。どうしても相場通りの給与が欲しいのであれば、創業者という立場からは降りてもらう他ありません。あくまでも従業員として参加してもらうのがベストです。それならいつ辞めていただいても文句は言いません。労働者ですからね。まぁ、創業企業に従業員として参加するメリットが存在するかはちょっとわかりませんが。

 

3.将来性

(シャイニング丸の内氏の本文より引用)

特にこれが大きいです。有能な人であればあるほど小銭ではなく、自分が仕事をすることで実現出来ることを重視する傾向にあり、その人が自分の時間を使うに足る強烈なビジョンこそが起業にはあるべきですし、ないならするなと言いたいところです。ここには株式や将来のポジションも含まれます。

僕の考え

 これはその通りですね。ビジョンがない起業、「この夢、叶うんじゃないか?」という感覚を与えられない起業が成功する可能性は低いと思います。株式や将来のポジションもその通りですね。この夢を見せ続けるのがビジョナリーのお仕事です。

しかし、夢が見えにくくなってくる時期はあります。夢なんてのは所詮は夢です。ちょっと悪い風が吹いたらあっというまに見えなくなってしまいます。いついかなる時も夢を見せ続ける社長を目指すのも良いでしょう、あなたにそれが出来るというなら。しかし、あなた本当にそれできますか?資金繰りが詰まって事業には想定外の損失が降り注いだ。そんなときにあなたは夢を語り続けられますか?「俺はどんな時でも人間を魅了し引きずりまわすカリスマを持っている」という方はそれでいいと思います。しかし、そうでない方は「ビジョン」が見えなくなってしまった時の方策もきちんと考えておいた方がいいですよ。一度見えなくなったビジョンがまた見えてくるのも経営の面白いところです。問題は、もう一度虹が出るまで豪雨の中を耐えられるか、耐える準備をしているかということです。傘と雨合羽を用意しておきましょうね。

 

未来を描こう、良い未来も、考えうる限り最悪の未来も

 (シャイニング丸の内氏の本文より引用)

強い会社を作るのは逃げらられないための契約書でも訴訟でもありません。強烈な将来性だと思います。巻き込んだ人が自分が逃げた場合の契約書を確認する時点でその会社は失敗しているのであって、そこに書かれた細かな文言が繁栄する会社を作るキーポイントなんてことはないと思います。

 ある意味でその通りだと思います。強烈な将来性、それこそが原動力であることは間違いない。しかし、どれほど強力な将来性を持った会社も、一度も窮地に陥らずに成長することはまず出来ません。シャイニング丸の内氏が「いや出来る」と仰るなら、すぐにでも私の金主をご紹介します。お話次第では楽々億単位の出資が引っ張れるはずです。

さて、話を戻します。会社の将来性なんてものは、ある時は眩いばかりに輝いて見えても、風向きが悪くなったり地雷を踏んだりすれば一発で見えなくなります。その時に会社を救ってくれる可能性があるのが「契約書」であり「訴訟」なのです。少なくとも、社内の人間の利益相反を抑え、社内における内紛の発生を防止してくれます。社内の利害関係がグチャグチャになるのを防いでくれます。そしてまた「将来性」が見えてくるまで耐えぬくための力になってくれるでしょう。

もちろん、「そんなものはいらない。俺ほど将来性であればそのようなものは必要にならない」という考え方もあり得ると思います。また、創業メンバーとなる人間に一切の制約を課さないとなれば、創業メンバー探しは大変やりやすくなるでしょう。株を一切譲渡さずに創業メンバーを集めることも可能でしょう。それはそれでメリットがあるとも言えます。それで進むというなら僕はそれはそれで止めません。

しかし、僕はそれでコケました。もちろん途中からは手を色々打ちましたけどね。序盤でこの辺をガチガチにしていなかったのが僕の大きな失敗のひとつです。

 

最終的に起業なんて自分の信じた通りやるしかない

はい。投げっぱなしジャーマンみたいな結論を書いて本日は終わります。正直に言うと、僕はシャイニング丸の内氏は少なくとも会社の保証人になるなどして借金を背負って会社を創業したことは無いだろうな、と確信しています。言っていることが間違っているわけではないんですよ、ただ「想定どおりにことが運ばなかった時にそれを何とかする手段」という視点がない。

合理性の範囲でなんとかする、それは素晴らしいことです。でも、合理性の範囲でどうにもならなくなったときに打つ手について考えてはいない。そういう問題は全て「それは代表取締役の能力不足」というところに落とし込んでいる。しかし、実際に一度起業すると、代表取締役の能力や資金調達力が足りないなんてよくあることで、それでも尚なんとかしなければならないわけですよ。足りないのはわかってるんだ、足りない状態で何とかするのが仕事なんだ。そういうことです。一回会社を始めたら「私の能力不足でした、解散」というわけにはいきませんからね。

もちろん、会社が上手くいかないのは代表取締役の責任です。「裏切られる」のも「離反される」のも突き詰めれば全部悪いのは代表取締役です。それは全くもっておっしゃる通りです。理想論としてはシャイニング丸の内氏の言う通りやれれば本当に素晴らしいだろうな、と思います。しかし、実際に会社をやってみればすぐにわかりますが、あらゆる経営資源は常に不足し、想定外の支出はどんどん発生します。初めて行う事業のコストが想定どおりに運ぶことなんてほぼほぼ無いと考えていいと思います。そして、想定外の最悪の出来事も当然次々と起こります。少なくとも僕の知る範囲では。

最悪の事態は起こらないと想定する起業、最悪の事態は必ず起こると想定しての起業、どちらもありだと思います。己の信じる方向に向かっていってください。どっちにしたって、5年で85%が死ぬ世界です。悔いの残らない方を選んでください。

それではやっていきましょう。

 

追伸 シャイニング丸の内さん、おかげで色々考えることが出来ました。とても楽しかったです。考えは相容れないとは思いますが、是非また批判などしていただければ大変うれしく思います。考えを深める機会をありがとうございました。

 

追追伸

harisenbon_fukurahagiさん 「起業の創業メンバーに入ってくるモチベーションが『給料』の奴なんて中核メンバーにした時点で負け」って話してるんですよ。そもそも、給料が欲しけりゃ大手に行けばいいだけのこと。 給与を求めて新規創業する会社に入ってくる人間なんか行動原理が意味不明(あるいはたかが大手企業に入れる程度の能力もない)んだから、創業メンバーに入れたらダメに決まってるでしょ。

雇用される労働者と、雇用する側の経営者の差についてシャイニング丸の内さんもあなたもちょっと捉え違ってるのでは。大手企業に行ける能力があるのに給料求めて創業メンバーに入るのは、そもそもバカですよ。そっちの方が給与は高いに決まってんだから。給与を高くとるってことは会社の成長余力を先食いするってことです、株もって経営に参加する人間はむしろそれを回避するのが当然でしょう。その先にある実りを求めているわけですから。

そして一番の問題は、経営が難所に陥って高い給料が払えなくなったらその場で潰れるという前提でいいんですかってことですね。給与の額で中核メンバーを繋ぎとめておくと、そこで確実にアウトですよね。「経営が厳しいなら経営者みんなで給料下げて耐える」が出来ない会社は脆いですよ。それが出来る状況を作っておくべきだ、というのが僕のアンサーになります。

何もしてないのに人間関係が壊れた、見えない通貨の話。

何もしてないのに人間関係が壊れた

そういうことはよくありますね。このブログは発達障害者が上手いこと立ち回って、なんとか定型発達者社会の中で生き延びていく術を模索するブログなのですが、その前提として非常に難しい概念があると思います。「自分の何が原因でネガティブなことが発生するのか」という点ですね。これがわかれば対策は打てる、でも「おまえのそういうところが悪い」と直截的に教えてくれる人間というのはあまりいないのが現実的なところで。

「どんな人間関係に入り込んでも中長期的には必ず破綻する」という人生を歩んでいる方は多いと思います。まぁ、永続する人間関係なんてものはそれほどはないので、これは誰でもある程度はあることだと思うんですが、それにしても破綻が発生する頻度が高すぎる。そういう問題を抱えている方は少なくないですよね。

僕自身もわりとそういう人でした。同一の人間関係に長期間居座ることはかなり難しく、人間関係をホップしていくことでなんとか凌いで来たわけです。しかしですね、人生には「固定された人間関係の中で一定期間成果を出し続けなければならない」という状況がわりと訪れる。そうなった時にどうするかですね。

 

共同体のルールと忖度

こないだツイッターでちょっと触り程度に話した話題なのですが、人間が集まった集団というのはもうその時点で部族なので、ある種の部族ルールが発生します。何を良しとし、何を悪しとするかの価値観というのは結構共同体ごとに違うわけです。「自分なりに正しいと思える行動を取っているのにいつの間にか共同体から排除されていく」という現象が発生した場合は、共同体のルールが飲み込めておらず気づかない間にルール違反を犯している場合が多いでしょう。

特に、公務員系の職場の皆さんはわりとハードなルールが存在する場合が多いと思います。なにせ、仕事の成果が「利益」というモノサシで計れない場合が多いですからね。「結果を出す」ということの定義がわりと不透明になります。この辺、バリバリの営業部族なんかだと話はまったく別で、「とにかく数字上げる奴が偉い」みたいな世界観だったりもするんですが、明確な評価の尺度が存在しない部族ほど、部族ルールは難解さを増します。

仕事の根回し、事前確認、終わった後のお礼回り、この辺を外すと大変危ないですね。また、明文化されていない職場の序列なども存在し、「誰から話を通すか」などの順番をミスった時点で全てが終わっているなどの現象も割と発生します。大学のサークルなんかも利益を目指す集団ではないのでわりと部族化しやすく、明文化されていない謎の風習が発生しやすいですね。あなたがサークルに溶け込めない理由はこれです。

これは、「忖度」という概念にもかなり近いと思います。価値観の近い者同士でお互いを忖度しあって共同関係を築いていく。人間というのはどうしてもそういう営為を行いたくなる生き物のようです。しかし、こういうことがまるで苦手な人間もいる。我々発達障害者のことです。これ、純粋なるADHDの方はそういう苦労はもしかしたら無いのかもしれないですが、僕はかなりASDを併発している向きもありますし、ASD併発を感じさせない純粋なるADHDの方って僕はまだ見たことがないですね。

 

金という価値基盤

僕は商売を自分でやるようになって、「世界がわかりやすくなった!」ととても強く感じました。我々商売人の価値基盤となるモノサシはとてもわかりやすく、要するにカネです。もちろん、ゼニカネではない部分が無いわけではないのですが、それでも商行為を行う以上その目的は常に「儲けること」ですし、全員が「利益を出すことが優先度一位である」ということを強く認識しています。要するに、利益をもたらす人間であれば多少トチ狂っていても許されるわけですよ。

商人もひとつの部族であることは間違いないのですが、我々の間に流通する価値基盤は非常に明快です。発達障害を持つ人間でも金の概念が理解できない人というのはほとんどいないと思います。与えれば喜ばれ、損をさせれば嫌われる。商人の基本は「一緒に儲けましょう」です。全員がルールの明確なゲームに興じているので、ゲームプレイヤーとして価値を持っていれば排除されることはまずありません。(逆に、ゲームプレイヤーとして価値がなければどんどん排除されますが、それはそういうゲーム性なのでそういうものでしかないですね)

もちろん、商売人に義理人情や忖度がないかといえばそんなことは決してなくて、そういう概念ももちろんあるんですけど。でも、大抵の行動は「最終的に利益を上げること」に向かっています。商人の世界でも「空気が読めない」はマイナス評価になりますが、それはそれとして「登場人物の間にどのような利害関係があるか」を読めればわりとなんとかなります。

当然ですよね、それがゲームの本質ですから。そして、この場合の利害関係というのは要するに金の話ですから、空気を読むのが苦手な我々でも背後関係さえ把握できれば理解できるわけです。そして、多少奇矯な人間であっても、最終的に登場人物に利益を出すことが出来る人間はチヤホヤされます。ある意味、むき出しのビジネスの世界は発達障害者に優しいと言えると思います。(まぁ、これはこれで限定された情報から金の流れを読むという能力は必要になるんですが)

でも、お金という共通の価値基盤を持たない部族の間ではそういうのはあまり通じません。そこでは、お金が流通しないので「一緒に儲けましょう」とか「あなたに(金銭的な)得をさせます」みたいなアプローチでは人間関係を構築出来ないのです。「人間関係のルールがわからない」というあれは、要するにこういうことだと思います。あなたや僕にはよくわからない価値の体系が存在し、我々はそのゲームの中でルールもわからないままに負けている。

 

見えない通貨

この、人間の間で流通する金ではない何かを僕は「見えない通貨」と呼んでいます。まぁ、呼び方はなんでもいいんですけれど。僕は、お金の流れのアナロジーから人間関係というものの理解を試みていますので、どうしてもこういう表現になってしまいますね。例えば、卑近な例で言えば「お礼」とかです。あなたは誰かにちょっとした親切をしてもらった。あなたは親切をしてくれた人を訪れて「本当にありがとうございました、助かりました」とお礼をした。これはお金を介してはいませんが、ある種の取引が完了しているわけです。あなたは「お礼」という行動で、「親切」という商品に対して対価を支払ったことになります。

もちろん、「親切にしてもらったからといってお礼をしなければならない」という決まりはありません。頼んだわけでもないことに何で礼を言わなければならないんだ、という考え方はもちろん一理あります。しかし、問題はあなたの属する、あるいは属したいと考えている共同体が、「お礼を言わない」という行為をどのように捉えるかだと思います。これは場所によっては、「商品購入の対価を支払わなかった」みたいな罪科として捉えられている場合も多いですね。

「見えない通貨」による決済は、実際のところ便利です。「ありがとうございます!」という通貨で出来る買い物はそれなりに多いですよね。「他人の親切に礼は言わない」というポリシーを実装して社会を生きていくということは、小額決済手段がひとつ封じられたも同然ということです。皆がPASMOでスイスイ抜けていく改札に毎回ガツンガツン引っかかるような人生を送ることになるでしょう。

これは発展例ですが、先輩があなたに仕事を教えてくれたとします。この場合、「業務だから自分に仕事を教えるのは当たり前だ、給料貰ってんだろ」という価値観と「お仕事を教えてくださってありがとうございます」という価値観のどちらかを採用することが出来ます。先輩が「後輩に仕事を教えるのは当たり前、礼を言われるようなことではない」という価値観を有していた場合は「当たり前」の考え方でも大丈夫でしょうが、先輩が「あいつは仕事を教えてやっても礼のひとつも言わない」と認識している場合はかなりマズいことになります。取引の対価を支払わなかった、ということに「先輩」の中ではなってしまうのです。

 

取引を認識して対価を払おう

これは僕の持論なのですが、人間は他者に与えたものに対して対価を得られなかった時に怒りを感じるものだと思います。「仕事を教えてやったのに感謝がねえな」と感じる先輩は理不尽な相手に思えるかもしれませんが、要するに対価を与えておけば怒られないわけですよ。そして、「ご教授ありがとうございます」と述べることに対したコストはかからない。やって損はないわけです。

問題は、人生のどのようなタイミングで「取引」が発生しているのかを認知するのがとても難しいことです。これは公務員なんかの職場ルールではあるあるだと聞きますが、有給明けで出勤した場合は「お休みありがとうございました」と言ってまわるのが当たり前、ルールが強いところだと昼休みが終わって自席に戻るときに「お昼休憩ありがとうございました」と言うなどのルールがあったりしますよね。飲み会の翌日には、参加者全員に「昨日はありがとうございました」と言ってまわるなどのルールが僕のかつて勤めていた職場にもありました。

これを実行しないと「商品を渡したのに対価が支払われなかった」のような怒りを感じる人間が存在するというのはとても不思議なことですが、部族の皆様はかなり怒りを感じるようです。お怒りアタックが直撃した僕が言うんだから間違いない。この、「親切」⇒「お礼」みたいなルールは比較的わかりやすいですが、「面子」や「顔」などと近似した概念としての「見えない通貨」も存在します。

 

面子という通貨

「あなたの顔を立てます」という概念があります。例えば、あなたは仕事をするために自分の部署の関係者全員に話を通して協力を依頼することにした。その時、誰から順番に話を通していくかという概念はとても重要です。その場のパワーバランスに応じて振舞わなければならないですよね。これもまた、「見えない通貨」の一例です。

あなたは、他者に対して「私はあなたを敬意を払い、顔を立てるべき相手と認識しています」という対価を支払い協力を依頼したわけです。いますよね、ちょっと顔を立て損ねると不機嫌になる上司。あれは「自分に支払われるべき対価が支払われなかった」という怒りなのです。「敬意」や「尊重」はかなり強力な決済手段です。新卒など、組織の下っ端としてやっていく場合に支払いに使えるのはほとんどこれしか無いと言っていい。そして、「どのように振舞うことが敬意や尊重を示すことになるか」は、割と部族ごとにまったく違います。

このルールを把握できないと、そりゃボッコボコにされますよね。されました。あなたの面子を立てます、というのはヤクザから公務員まで幅広く流通している通貨だと思います。この決済のやり方を知らないと、集団の中ではかなり厳しいことになります。特に、公務員みたいな金銭的な褒章を得にくい職種の場合は、この「面子」という通貨を得ることに人間は本気を出し始めます。サル山のボス猿争いと根本的には同じです。でも、それはそれとしてボス猿に「あなたがボスだと認めます」という態度を示さなかったサルはボッコボコにされるわけですよ。

そういえば、サルみたいな社会性生物にも発達障害ってあるんですかね・・・。まぁ、発達障害のサルが生き残るのはかなり難しそうなので遺伝的に淘汰されてそんなにいない気もしますけど・・・。なんかすごい辛い話になってきたのでこの辺にしましょう。

 

人の顔を立てましょう、お礼のメールを送りましょう

そういうわけで本日の結論はこういうことになります。新しい組織や人間関係に入り込んだ場合は、そこでどのような通貨が流通しているか、どのような決済手段が文化として根付いているか、どのようなことが「対価を支払うべき取引」と認識されているかを把握することに努めましょう。そして、それがまだわからないうちは、「これは取引のような気がする」と感じたときはとりあえず対価を支払うクセをつけましょう。

お礼のメールを送りましょう。お歳暮、お中元、年賀状、くっだらねえという気持ちはわかりますが、とりあえずやってみましょう。「対価の払い過ぎ」でマイナス評価を受ける心配はそれほどありません。新卒の皆さん、お休みをもらって実家に帰った時は必ずお土産を買って帰りましょう。職場の皆さんに「お休みありがとうございました!」と大きな声で言いましょう。仕事を教わった時は深々と頭を下げて「ありがとうございます!」と言いましょう。それだけで致死率はかなり下がる筈です。

ゲームに勝つということはルールを把握して最適な行動をするということです。そして、人間社会におけるルールは組織ごと、部族ごとにまったく違います。定型発達者はこの辺をあまり意識しなくても、それなりに場に合わせて振舞うことが出来るらしいといううわさは聞きますが、我々発達障害組は意識的に必死こいてやっとギリです。今日ここに書いたことですら、長年発達障害マンとして生きてきた人がいきなり完璧にこなすのはほとんど不可能だと思います。僕だって30歳を超えてやっと「ナンボか出来てきたかな・・・」というレベルですし。

しかしまぁ、諦めたらそこで試合終了です。少しずつでいいし、「あいつは不器用だけど努力はしてるのが見える」という評価でも相当マシになるはずです。なんとかやっていきましょう。

最近の借金玉 記事を書かせてもらいました

書かせてもらいました

new.akind.center

「書いてみません?」「いいんですか?」「お願いします」「やったー」みたいな流れがあり、ニューアキンドセンター様で文章を書かせてもらうことになりました。世界が広がってきていますね。とてもよかった。書かせていただいた内容はとてもよかった感じではまったくなく、大変悪かった話なのですが僕と同じタイプのドツボに嵌る人が減ればいいなぁという気持ちで書きました。

人間は本当に悪く、また自分自身が良い人間かと言われればそういう話もかなり自信がありませんので、やはり人間は悪いという前提に立って創業されるのが良いと思います。僕は出資者が神であったため生き延びましたが、これで出資者も悪属性だった場合は普通に死んでいたと思います。

なんといいますかね、突き詰めて言うと悪いの僕なんですよ。人間は悪くて、悪い人間の中でうまく立ち回って利益出しますぜ、という商売が代表取締役であり起業家なわけでして。負けてから誰かに恨み言を言っても一円にもなりませんからね。(それはそれとして、キッチリ報復はします。それとこれは別の話です)

こんな感じで文章を書かせていただける機会がこれから増えるといいなぁと思っております。よろしくご検討ください。ニューアキンドセンター様の文章はとりあえず気合を入れて書き続けます。

起業エントリはあれですね、大変ゴッソリ体力を削りますがその一方で「このやらかしを言語化しなければ前に進めねえんだ」みたいなあれがあり、大変人生に良いのではないかと思います。(精神には悪い)今後とも書いていきたいですね。

 

多忙です

サラリーマン仕事がわりと忙しく、またツイッターに端を発するお仕事がわりと発生しており、かなり忙しくなってきました。ありがたいことです。「仕事が忙しい」というのはあれですね、社会に参加している気持ちになりますね。その結果、いろいろ手が回らないというあれも当然ながら発生しておりまして、なんらかの不義理が僕から発生している場合ですが、蹴りを入れれば動きますので何卒蹴りを一発お願いいたします。スゥっといなくなるのはご容赦ください。

すいませんすいませんすいません。基本属性としてそういう生き物なんですよ。やる気はありますので本当に許して。

そういうわけで、人生の方向性に「もしかして文章で前に進める?」という感じの選択肢が追加され、それはそれとしてもう32歳だしちゃんとした収入を得て住宅ローンのひとつも借りなければダメなんじゃないのというあれもあり、なんというか大変曖昧です。一度曖昧になった人間が曖昧ではなくなるのはとても難しく、しばらくは曖昧に生きていきましょうの構えです。

創作方面のライティングもやりたいし書きたい小説のネタもあるんだよなー、などというものもあり、その辺も考えていかなければならないですね、小説書きたい。合間を見て僕も参戦したい。

kakuyomu.jp

これはツイッター台東地方に居住するまくるめさん

まくるめ (@MAMAAAAU) | Twitter

の作品なんですが、これ読んで「俺も書きたい」と思わないのは不可能ですね。僕も抒情性溢れるSFが書きたい。めっちゃ名作なので皆さんも読むといいと思います。

 

最近会った人々

ツイッターブイブイ言わせると、様々な方と「一丁会って話でもしますか」「いいですねぇ」みたいな感じになるのですが、最近はわりと気合の入った人々と話をする機会があり人生がピリっとしてきました。総合商社辞めて起業しようとか、東大出て金融やって今はベンチャーとか、おいおい学生起業っていうかおまえそれ全盛期の俺より儲かってね?みたいな方ですとか、行く先々で筋の悪い闘争が起きるジョブホッパーとかまぁ世の中本当に曖昧な皆さんがいっぱいいて、大変良いと思います。

発達障害という文脈に「あ、これだ」みたいな感じになってしまった皆さんもわりといらっしゃるようで、様々に人生があり各自やっていきましょう感ですね。改めて、いろんな人がいて世の中は大変面白いと思う昨今です。皆さん、一緒にお金儲けましょう。

発達障害に文脈を絞っても、「発達障害はあるけどなんとか適応できている」という方、「今まさに適応しようとしてるところ」という方「ちょっと一休み中」など色んなお話がありましたが、なんにせよ「みんな生きてるんだな」というありがたさがあり、まぁ孤独感は薄れましたね。各自やっていっているわけです。

それぞれの人に適応に至る、あるいは至ろうとするストーリーがあり、「あるある」という話もあれば「それはレアケースですね」というあれもあり、個別性と一般性がどちらもそれなりにあるのが面白く、生の声を大量に聞けるのはありがたいことです。頑張って一般性のあるライフハックに落とし込んでいきたいですね。

とりあえず生きていきましょうというところです。今バリバリ成功してる方もずっこけないとは限らないし、逆に今ヘコんでる皆さんもまた風を掴めないとも限りません。つーかそろそろ掴めないと困る。32歳ですよ。

なんとかやっていきましょう。

残念な新卒のための生存手引書(実践編応用3 お目こぼししてもらう、敵を作らない)

ご就職おめでとうございます

今日は4月3日です、ということは今年も新卒の皆さんの戦いが始まりましたね。このブログを読んでいる皆さんの中にも今まさに戦いが始まったところ、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。緊張も期待も不安もあると思いますが、人生の新しいスタートを切った皆さん、本当におめでとうございます。何はともあれ始まった、そんなところですね。

人生、成功するにせよ失敗するにせよ「何かをしなければならない」というところからは逃れられません。何もしなければ確かに失敗もありませんが、人生が有限なので残り時間と可能性は日々失われていく。普段ひねくれたことばかり言ってる僕がこれを言うのもあれなんですが、とりあえず「なにかを始めることに成功した」時点でまずは正解なんです。

皆さんの就職という挑戦がどのような結果になるのかは僕にはわかりません。大成功になる人もいれば、手痛い失敗になる人もきっといるでしょう。「こんなはずではなかった」ということになる人もきっといるでしょう。なんせこのブログを読んでる皆さんですからね。全員が何もかも上手くいくと考えるのはムシが良すぎる。それでもですね、「失敗の経験」でもそれが無いよりずっとマシなんですよ。

人生で一番おっかないのは、完全に動きがなくなった状態です。人生の落とし穴に嵌って落っこちて全身を強打するのはまぁしょうがないですが、そこから全く動けなくなるのは本当に怖い。なにも得られないまま、「失敗の経験」すら蓄積できないままに時間が過ぎ去っていくのはとても怖く、もっと言えば永遠に「動きがない」状態に落ちることこそ最も恐れるべきです。死んだらアカンという話です。

そういうわけで、新卒就職に成功した皆様、生きてさえいればとりあえずそれでOKです。「絶対に成功しよう」と思う必要はありません。肩の力を抜いてください。実際のところ、ある程度は失敗しながら学ぶ必要は常にあります。「失敗したらダメだ」と過度に思い込みすぎると大変しんどいので、「ダメなら辞めりゃいいだけのこと、とにかくいっぱい学ぶぞ」くらいの気持ちでいきましょう。

ご就職おめでとうございます。やっていってください。

さて、3月中に完結させると宣言してた新卒生存手引きですが、すいません今日は4月3日ですね。すいませんでした。ちょっと色々ありまして・・・。これを含めてあと2本で完結ですのでご容赦ください。よろしくお願いいたします。

 

 職場と上司の採点基準を見極めよう

組織に入って働くということは、常に他者の評価に晒されながら競い合っていくという要素がどうしてもあります。そして、部族によって採点基準は全く違います。「卓越する必要は全くない、とにかくミスをせず標準以上の成果を出し続ける者を評価する」とか「多少の粗は全く見ない、とにかく成果を出したものの勝ち」みたいな色んな文化が組織ごと部族ごとにあると思います。

まぁ、理想論を言えば就職前に職場の社員評価基準をある程度見極めて、自分に合ったところに入るべきなんですが、実際これが就職活動をする側からはなかなか見えないんですよね・・・。色んな会社の知人に聞いてみると、同業種でも会社ごとにかなりカラーも変わるみたいです。ただ、人員評価の傾向をざっくり二分化すると

  1. 多少粗くても仕事が速く生産量が多いのを良しとする
  2. 仕事の精緻さと手続きや段取りをきちんと踏んでいることを良しとする

のどちらかになると思います。1.の会社で2.の仕事のやり方を採用した場合は、「めっちゃ作業効率が良い」みたいな人に限って高評価を取れる可能性もありますが、2.を良しとする会社で1.の仕事のやり方を目指した場合は絶望的です。ボコボコにされると思います。まずは社員研修の傾向や与えられた業務、あるいは先輩方の仕事のこなし方から、自分の勤め先がこのどちらに該当するのか見極めましょう。

1.の会社で働く場合は「上手く手を抜く場所と力を入れる場所を見極めること」、2.の会社で働く場合は「無数にある部族ルールを把握してミスらず実行すること」を覚える必要がそれぞれ発生し、努力の方向性が全く逆になります。僕も新卒で入った会社は明確に2.でしたが、現在勤めている会社は完全に1.です。

努力の方向性を間違ったら全く評価されないという恐怖が組織にはあります。そして、このような評価基準は往々にして明文化されていないんですね。「空気を読む」能力に劣る我々は、意識的に把握しようと努めない限り確実に出遅れます。

実際、会社の評価基準はこの2択で語りきれるものではなく実際はもっと細分化していくと思いますが、まずはこの1.と2.のどちらの組織なのかを見極めることが重要です。また、組織における部署や上司の性格などにもよってこの基準は変化することがあります。点を取りに行くのはルールを把握してからです。新卒初期はとにかく目立つ失敗をしないように気を配りながら、「職場の暗黙のルール」を把握することに勤めてください。突出しようとするのはリスクが高いです。まずは、ゲームのルールを理解しましょう。

まとめ

  • 職場や上司の人員評価基準をまず把握しよう
  • 細かい基準はとりあえずはいい、まずは本文1.2.のどちらに該当するかを考えよう。
  • 職場に置ける評価の基準やある種のルールは往々にして明文化されていない。
  • 点を取りにいくのはまだ先でいい。新卒の初期はとにかくゲームルールの把握に努めよう。

 初見の弱さはここまでのライフハックを総動員してカバーする

このブログを読んでいる人は僕と能力特性が似通う方がそれなりに多いと思うのですが、皆さんの弱点はズバリ「初見の弱さ」だと思います。初めて取り組む仕事に素早く適応し、不十分な理解のままこなしつつ理解度を高めていく。そういうことは本当に苦手なのではないでしょうか。これは本当に厄介で、僕も未だに克服しきれていません。

これについては、ある程度受け容れるしかない面もあります。努力はしても業務習得が遅い。これは一朝一夕で何とかなる課題ではありません。人間の能力パラメータは短期間ではそうそう上昇しません。もちろん、社会人として仕事を続けていけば少しずつ発達していくことは間違いありませんが、短期的に解決する手段はおそらく無いと思います。

しかし、「物覚えを良くする」ことは出来なくても、「仕事を習得するのまでの時間制限を引き伸ばす」ことは可能です。これまでの「部族の風習に従え、敬意を見せろ」と繰り返し書いてきたライフハックはその一点に向かって書かれているからです。「心構え」「挨拶」「雑談」「飲み会」といったTIPSは、全てこの一点に向かって書かれていると言っても過言ではありません。

新卒の最初の一年間では、余程極端な会社を除いては「評価の全てがそこで決まる」ということはありません。多少出遅れていても「アウト」にさえなっていなければ、まだまだ先はあります。多少の出遅れは覚悟しましょう。だって、人生いつもそうだったじゃないですか。新卒で就職したらいきなり全てが上手くいくなんてそんな虫の良い話はありませんよ。でも、「あいつは多少足りないが頑張ってる」という評価で踏みとどまっていれば勝ちです。

「多少業務習得速度に劣るが、組織順応度は高く努力はしている」みたいな感じの評価を得られれば1年目は120点だと考えていいと思います。これくらいの評価が取れれば、あと数年はおそらく生き延びられます。逆に、「業務習得速度は遅く、組織にも順応できていない」の場合は1年でアウトがついてもおかしくありません。

まとめ

  • 残念ながら業務習得速度のような基礎能力は短期間では上昇しない
  • 他の同期に業務能力で劣っても生き延びる方策を考えるべき
  • 新卒生存手引のこれまでのエントリはそれを旨に書かれているので参考にして欲しい。
  • 「トロいけど頑張ってる」の評価を取れれば1年目は120点。

 おめこぼししてもらう、敵を作らない

職場の人員評価がどのような基準であるかは組織によっても上司によっても変化すると思いますが、どのような評価基準あるにせよ絶対に変わらない点があります。「評価するのは人間である」という点です。つまるところ、客観的かつ公正妥当な評価などというものは基本的に存在しないと思った方が良いでしょう。まぁ、営業成績の数字のみで評価する会社なんかは例外ですが、新卒にいきなり「数字のみ」の戦いを強いる会社もそれほど多くはないでしょうし。(たまにはある)

我々発達障害を持つ人間は、仮に点が取れるとしても失点も大量に犯すタイプが多いと思います。僕も明確にそのタイプです。ミスを山ほどして、その中から成功を拾う方針でここまで生きてきました。ここで問題になるのは、ちょっとした失態をどこまで明確な「ミス」や「失点」と評価するかです。もちろん、「誰がどう見ても完全にミス」というものはあります。そういうものはしょうがない。しかし、新卒程度の業務習熟度の人間が犯す「ミス」は、「ミスといえばミスだけど、別に見逃してもいいんじゃない?」というものが非常に多いと思います。

ここでポイントになるのは、採点をする人間に「あいつのミスは絶対見逃さない。ミスと言えるか微妙なものも全部ミスと判定する」と考えさせているか、「あいつは多少ミスが多いけど頑張っているし一生懸命会社に適応しようとしてるから、見逃せる程度のミスは見逃してやるか」と思わせているかです。これで劇的に評価は変化します。本当にクソやばいくらい変わります。

我々は非常に弱点が多いです。それこそ、ちょっとした失態を全部記録されていたら、間違いなく採点結果はゼロどころかマイナスです。特に、大きい加点を得ることが難しい新卒の立場ではそれはより明確になります。だって、新卒にホームランを打つ機会なんてまずないですからね。評価基準がキツくなればなるほどどんどん点数は減っていくだけです。まず巻き返しは効きません。我々の唯一の救いになりえる、「突然大ホームランをブチかます」タイプのあれですが、新卒の時期はほぼほぼ打席には立てないと思うしかないと思います。

ところで、我々発達障害を持つ者の典型的な特徴として「空気を読めない」更に言うと「めっちゃ敵を作りやすい」という要素があります。まぁ、細かい話はそのうち「敵を作ってしまう話」とかでやりたいと思うんですが、無邪気に何の悪意もなく敵をモリモリ生産することには大変自信がある方が多いのではないでしょうか。この特性ですが、「ミスを犯しやすい」「業務効率が安定しない」などの特性と最悪の相性を持っています。二倍どころか二乗になって新卒を追い詰めるあれです。僕は完璧にこのコンボをキメて死にました。我々は非常に弱点が多く、敵意や悪意に晒された時本当に弱いです。

新卒生存手引は、「とにかく生き延びられる時間を長くして、少しでも業務を習得し会社に適応する」を旨とした戦術を採用しています。しかし、我々のようなタイプの人間が組織に何も考えずに入っていった場合、その真逆の行動をとってしまう可能性が高いです。具体的に言うと、敵を作って評価基準をキツくした上でどんどんミスを犯し、負のスパイラルに果てしなく沈んでいく。そういうことです。それを避けることこそがこの手引書の眼目になっています。そして、その方法はこれまでの手引き書に僕の知りえる限り書いて来ました。「敵を作らない」、新卒に限らず我々にとって圧倒的に重要な概念です。是非覚えておいて欲しいです。

まとめ

  • 評価を行うのは常に人間である以上、客観的かつ公正妥当ということはありえない
  • 逆に言えば、評価する側の人間にどのように認識されているかで、評価基準は甘くもなるし厳しくもなりえる
  • おめこぼしして貰える環境を作れれば勝ち、敵を作ったら負け
  • 悪意や敵意には我々は極端に弱い。それを自覚して立ち回ることが重要

 

部族の善意に助けられる環境を勝ち取れ

これは学生時代にはあまり気づかなかったことなんですが、社会人になって仕事をするようになって痛感しました。我々発達障害を持つ者が、仮に尖った能力で大ホームランを打って活躍するとしても、その影にはおおよその場合定型発達者のフォローやお目こぼしというようなものが介在しているのだと思います。発達障害を持っていようとも、能力がある人はもちろんいます。上手いことやれば定型発達者と比較しても評価されるに足る結果を出せる人は実際、それなりの割合で存在するんだと思います。

しかし、我々が何故コケるかといえば、「周囲に助けられる」ことがあまりにも苦手だからです。しかし、能力の分布が標準的でない、ある部分は突出して、あるいは多少出来たとしてもある部分は壊滅的に出来ない、という特性を持つ人間が周囲の理解やフォローなしに成功することはとても難しい。しかも我々は我々で、周囲の理解やフォローを拒むような特性を強く持っているわけです。「空気が読めず共感性も低い人間が、空気を読んで共感してくれることを求める」というのは無理筋です。

では、「私は発達障害者です。このような能力特性を持っています。でも、皆さんのフォローがあれば活躍できるかもしれません。皆さんフォローしてください」が通るでしょうか?通ることもあるかもしれません。無いとは言い切れません。実際、その方法を採用するのも一つの手だとは思います。否定はしません。しかし、僕は自分の経験に照らして「その方法はかなりの確率で組織内での自殺になりかねない」と認識しています。

カミングアウトを是とする皆さんには腹立たしいかもしれませんが、僕は少なくとも第一選択肢としては発達障害のカミングアウトを推奨しません。そもそも、「どのようなフォローを得られれば自分は結果が出せるのか」を言語化して他者の反感を得ない形で要求するのというのは極めつけに難しいスキルです。しかも、他者にその要求をする際に渡せる対価がありません。僕は対価を渡せない取引をするのはとても怖いです。やるとしたら、ある程度「環境が整えばこのような結果が出せることもある、裏づけはこれ」というエビデンスが出せる状態を作ってからが良いのでは・・・と思います。就職活動の時点で発達障害をカミングアウトして内定を勝ち取ったなら全く別の話になるとは思いますが。

しかし、僕も多くの人間の中で過ごしてきて少しずつ「自分を評価し監督する立場の人間に敵を作らない」「お目こぼしをしてもらう」方法を覚えて来ました。この手引のかなりの部分はそのための方法になっています。それは、とりもなおさず組織という「部族」のカルチャーであったりあるいは風習であったりといったものを尊重する、敬意を払う姿勢を見せるということに他なりません。たとえそれが茶番であると感じたとしても、茶番センサーをぶった切って全力で演じること。

これは、きっと異邦を訪れた文化人類学者みたいな作法だと思います。その文化の絶対的価値については論じない。全ての文化に相対的な価値があるという建前をまずは大事にする。こんなもんは僕にとっても単なるタテマエです。クソ食らえと思ってます。でも、異邦の地で部族に囲まれた状態で、その部族からお賃金を頂戴して生きていかなければならないわけですよ。そりゃ、火の回りを逆立ちして回れと言われたら「そういう文化なんですね」と思って回るしかないじゃないですか。AKBの衣装を着て踊れといわれたら踊りましょうよ。

「牛糞で壁を塗れ」といわれた文化人類学者と一緒です。「なるほど、建築材としての合理性はあるのだな」という考え方と、「でもそれうんこじゃん、うんこの家じゃん」という考え方は並立します。(新卒にAKBを躍らせるイニシエーションですが、合理性はかなりあると思います)どちらもとても大事な考え方です。でも、とりあえずは「へたくそな日本語を喋る愛すべきガイジン」を目指しましょう。完璧じゃなくていい、心からじゃなくてもいい。それでもわりと部族にも誠意は伝わります。意外と助けてくれます。その中でホームランをブチかませば、「なるほどあいつは得意なことをやらせておいた方が得になるっぽい」という判断をしてくれることもある。そこを目指しましょう。少しでも長く生き延びて、ちょっとでも居心地の良い場所を目指しましょう。少なくとも、無駄に敵を作る必要は一切ないんです。

やっていきましょう。

 

初めての商売の話

 レモネード・アントレプレナーシップ

僕なんですが、尾羽打ち枯らしたとはいえ今でも一商人ではあるつもりなんですよね。売るものが酒であれメシであれ不動産であれ文章であれ、一介の銭ゲバ商人であるというマーチャントスピリットは忘れたくないわけですよ。そういう言葉があるのかどうかは知りませんが。

そういうわけで、僕にも「生まれて初めての商売」に関する心温まるエピソードがあります。ほら、あるじゃないですか。アメリカのイカした起業家が夏休みにレモネード売ったとかそういうの。僕にもあるんですよそういう思い出が。僕の原点となるエピソードだなぁと思ったので書くことにします。アントレプレナーシップのお話ですね。よろしくお願いします。今日のは本当にいい話です。自信があります。

 

バタフライナイフ

はい、僕が人生で初めて商った商材はこちらになります。というのものですね、昔ですね、粗暴なチルドレンがバタフライナイフにゾッコンだった時期があったんですよ。バタフライナイフってのは、なんか刃がかっこよく収納できるナイフなんですが。かっこよくクルクル回すとカッコいいなどの特徴があります。(詳しい形状とかはググってください)確か、キムタクが出たドラマかなんかで流行ったんじゃなかったと思います。少なくともウィキペディアにはそんなことが書かれてました。当時からほとんどテレビは見ない子だったのであんまり知らないんですが、そんな感じ。(チーマーブームやカラーギャングなどの概念も関係してるかもしれない)で、粗暴なチルドレンが教師を刺す事件が起きたんですね。そりゃそうだ、頭の悪いチルドレンにナイフ持たせたらどうなるかなんてわかりきってる。「キレる17歳」とかなんかそういう言葉もありましたね。懐かしい。少年犯罪がめっちゃ流行ってました。

そういうわけで、「規制するぞ」みたいなあれが発生した時期があったんですよ。僕が中学1年生のときですね。で、そういう話が出てくると当然のことですが、チルドレンの「ナイフめっちゃ欲しい」という気持ちはマックスになります。クラスでもバタイフライナイフを持ってる奴は「スゲー」という空気感になり、バタフライナイフを入手できなかったチルドレンは技術室から盗んだカッターナイフを携帯してクルクル回すなどしていました。みんなめちゃくちゃ欲しがってたんです。僕はそういう中学校の出身です。若い方にはイメージできないかもしれませんが、トイレでナイフ持ったチルドレンが決闘している中学校というものも存在したのです。存在しない方がベストだったんですが。

そういうわけで、僕は特にナイフに興味はなかったのですが、ある日街をブラブラしてると、粗暴なチルドレンが喜ぶ曖昧なアイテム(手錠とかスタンガンとかエアガンとか)を売るタイプの玩具屋の軒先に、大量のバタフライナイフがダンボールに詰められて置かれているのを発見しまして。(ただし、刃つけはされていないものでした。ペーパーナイフの類ですね。でも、そこそこは切れた。あと、頑張ると刃をつけることもできた)どういう経緯なのかはよくわかんないんですが、一本1000円で投売りされてたんですよ。たぶん社会からの風当たりが強くなってきたので在庫処分したかったんでしょうね、主要客層は中高生でしょうしPTA等に怒られたんでしょう。30本入りで3万円。見た瞬間に思いましたね。「コイツは儲かる」と。当時、バタフライナイフはそこそこ売られていましたが、刃なしの安物でも3000円くらいはした記憶があり、1000円はかなりお買い得感がありました。

で、何も考えずにお店に駆け込んだわけです。財布の中には1000円程度しかなかったですが、とりあえず店主に話しかけてみました。うん、中身もそんなに悪いものじゃない。ちゃんとクルクル出来そうだし重みもある。そのナイフ全部まとめて欲しいニャー、まとめて買うと安くならないかニャー。

その結果、このような結論がアウトプットされました。

  • 中学生にはこれは売れない、社会から怒られる。俺はモラルがあるんだ。
  • ところでおまえ兄貴とかいる?
  • 一箱まとめて全部なら25000円だな、いやおまえに売るんじゃないぞ
  • アンダスタン?
  • 承知しました

そういうわけで、やっていく気持ちが発生したわけです。

 

資金を調達しましょう

はい。良い商品が見つかったら次にやることは資金調達です。流石に中学1年生がポンと2万5千円は出せない。そういうわけで、当時時々出入りしていた喫茶店に出向いて、曖昧なおっさんたちに相談してみることにしました。昔は体制と戦うのがライフワークだったタイプの曖昧なおじさんが経営するお店で、やはり昔は体制と戦うのがライフワークだったタイプの曖昧なおじさんたちがいつもたむろしており、背伸びしたがる中学生に大変寛容なお店だったのです。(一応、制服で来るなというルールはあった)。友達はいないし家にも居場所がなかったので貴重な逃げ込み寺でした。僕はこまっしゃくれたクソガキとして、曖昧なおじさん方には可愛がられていたんですよ。

「バタフライナイフめっちゃ安く売ってるのみつけたんですよ、学校では皆欲しがってるからまとめて仕入れて売りたい」

という話をしてみたわけですね。出資を募ったわけです。結果としては、曖昧なおじさん達の反体制スピリットに火がつきまして。「学校でナイフを売るという発想が良い」「武器の調達だな?」「そもそもナイフを規制しようというのが気に食わん」などのお褒めの言葉をいただき、「よっしゃ、3人で一人5000円ずつ出資してやる、金は儲かったら返してくれてもいいし、なんなら返さなくてもいい。ただし、俺たちから金を得たことは誰にも話すな。あと、その後どうなったか必ず報告に来い」という結論になったわけです。あと1万円は家中かき集めたらギリギリ届きました。お年玉の残りなどもあった気がする。

ナイフを実際に買う買い付け人ですが、中学を卒業した後曖昧にブラブラしてる先輩に「ナイフ一本あげるから買うの頼んでいい?」って言ったら「いいよ」という話になり、これもあっさり解決しました。曖昧な先輩は曖昧なのでいつもその辺にいましたし、誰もかまってくれないので後輩に時々遊んでもらうなどしていました。その先輩は現在も地元で曖昧にブラブラしているという情報が先日耳に入りましたが、特に感想はありません。変わりゆく世界にも変わらないものがあるんですね。

 

おっかない人たちと話をつけましょう

ナイフですが、すぐに同学年の連中に6本くらい売れました。値付けは2000円です。仕入れ値は一本862円ですのでなかなかの利益率と言えるでしょう。何せ、店に出向いても中学生じゃ買えませんからね。有害玩具とかそういう概念がありました。たかがペーパーナイフに大仰な話だと思いますがね。

みんなあれをパチンパチン振り回したかったんですよ。掛け売りもアリでしたので、商品はそれなりに売れはしました。ただ、友達が少なかったので想定よりも遅いペースではありました。2000円も中1にはちょっと高かったですね…。そして、マーケットは我が故郷のヘル中学校ですのでわりと早い段階で「呼び出し」という概念が発生します。はい、商売にはつきもののあれですね。「ショバ代」とか「シマ」とかそういう概念です。

「おい、俺のシマでなにやってんだコラ、誰が許可した?」のようなことを言いに3年生数人がやってきました。誰かにチクられたんでしょうね。ヤンキーの皆さんです。僕は昭和の最後の方の生まれなので流石に「番長」などの概念に遭遇したことはありませんが、やはりサル山なので序列があります。

これは結構やばく、最悪袋叩きに合った上商品を全部強奪される可能性もあります。やってることがあまりコンプライアンスを遵守しているとは言えないので泣きつく先もない。自力で乗り切るしかない状況です。ぶっちゃけこれが発生する前に売り切るつもりだったんですが、友達の少なさとヤンキーの異常な動きの早さ(社会性昆虫並み)が仇になり、間に合いませんでした。あいつらフェロモンとか出して集まるし、異常に嗅覚が働くのホント意味わかんない。知能はちょっと賢いチンチラくらいしかないくせに。

そこでショバ代交渉が始まったわけです。しかし僕も、学校に全てのナイフを持参するほどのアホではありません。

「今手持ちのナイフは1本しかないですし、この場でフクロにしても奪い取れるのはナイフ1本だけですよ。それより一緒に商売しませんか」

という話です。

「今は2000円で売ってるけど、先輩のご自由に値付けしてもらって構いません。仕入れ値は1500円なので、1本売れるごとに1500円はください。1500円以下に値段を下げるなら売るの自体をやめます。絶対に下げません。商品の先渡しはしません。客を連れてくるか金を持って来てください。条件は絶対譲りません。先輩、僕は先輩に敬意を持ってますよ、先輩の顔で儲けてくださいよ。サンプル1本渡しますね、このお代も売れたらください。その代わり、1年生に売るのは見逃してください、2年3年には売りません。」

というお話でした。結果的にはこれが当たった。流石ヤンキーネットワークですね、翌日の放課後には大変上機嫌に満額を持ったヤンキーヘッドがやってきて、商品をドサっと渡すと「おう、ありがとうな、まだ買いたい奴はいるぞもっと仕入れて来い、20本くらいくれ。あとなんかあったら俺に言えよ?」などの言葉を残して去っていきました。23本お買い上げです。

いや、これは本当に良かったですね。チマチマ自分で売るより手間もないしリスクもない、売値については上手いことハッタリをキメられたので利鞘は確保出来た。なによりデカいのはヤンキーヘッドが後ろ盾についたことです。しばらくはヤンキーヘッドに媚びて商品を供給する従順な後輩であればいい。

たぶん、エグい値段で売ったんでしょうね。まぁ、商品としても人気がありましたから、顔の広いタイプのヤンキーなら労なく売りさばくだろうとは思ってました。古くは「パー券」とかその辺に近い概念ですね。政治家とかもよく売るらしいですね、よく知らないですけど。幸運だったのは「損得勘定は出来る」タイプのヤンキーが仕切ってたことです。「ただひたすらに粗暴」みたいなのが仕切ってたらこの時点で話は終わっていたでしょう。また、「仕入れルートを奪って自分で商売する」ところまでは頭の回らないタイプだったのも幸運でした。

 

収支計算をしましょう

はい、ここまでの収支を計算しましょう。仕入れにかかったコストは2万5千円です。売り上げは2000円で販売したのが6本、1500円で販売したのが23本です。合計46500円也。イヤッハァァァァ!差し引き21500円の儲けだぜェェ!

という世界観になりました。このときの嬉しさは未だに覚えていて、仕入れて売って儲けるというのは本当に快感だということがよくわかりましたね。あの快感をまた味わいたくて商売をしているフシはあります。本当に嬉しかった。

いやー、とてもよかった。儲かった。さぁ、次の仕入れだ。

 

ハイパー欲掻きタイム

はい。まぁ、あれですよ。そこに需要があるなら売らなきゃダメじゃないですか。ね、お客さんが待ってるんですよ、僕の商品を。わかるでしょ。だって販売ルートも出来て、あとは仕入れさえすれば買ってもらえるんですよ。しかも手元に資金もある。そんなのやるしかないじゃないですか。皆が待ってるんです。期待に応えなきゃいけない。もっとお金欲しい。もっとお金欲しい。もっとお金欲しい。大丈夫もう一回くらいイケる。よっしゃいこう。(引き際という重要な概念はあります)

そういうわけでですね、再び曖昧な玩具店の店主と交渉しまして、今度は2万円分仕入れたわけです。もちろん、曖昧な店主が処分したかった各種安物ナイフやそれっぽいもののバルク売りです。バタフライナイフは半分くらいで、あとはちゃちなナイフとか、メリケンサックとか、なんか握って殴るとイタい凶悪なツボ押しみたいなのも混じってた気がします。大丈夫だ、バタフライナイフじゃなくても多分イケる。あいつらの販路は強い。たまごっちのパチモノみたいな雰囲気で売れる気がする。ギャオっちとかあったし。よし、これを箱で持って行ってヤンキーヘッドに渡して3万円貰う。話はそこで終わりだ。よっしゃ行くぞ、と思ってたらナイフの買い付け代行をしてくれた先輩に「おまえ儲けてるだろ」と言われて5000円奪われました。

流石にこれくらいの時期になると、「なんかやばい気はする」という感覚はあった気がします。これ売ったら終わりと心に決めてました。まぁ、1年分以上のお小遣いが4~5日で稼げたんだからヨシとしようじゃないかと。上級生のヤンキーズにも上手く取り入れたし。当時の僕のお小遣いは月2000円でした。それでコーヒー代や本代などを賄っていたわけです。友達はいなかったので交際費はあまりかかっていませんでしたが…。

しかし、この時期はヤンキーヘッドを抑えて販路を確保したことですっかり危機感が薄れていました。ヤンキーヘッドに「金になるあれを持って来る1年坊」という肩書きを与えられたおかげで、学校内でのカーストも上昇したような気になっていました。同学年の不良ぶってる連中などにアヤをつけられても、ヤンキーヘッドを呼べばいいだけですし。教師にチクられる心配もまずない。僕の商売をつぶすということは、ヤンキーヘッドの商売を潰すということです。そんなアホはこのサル山には存在しない。順風満帆です。

 

ハイパー怒られタイム

刃傷沙汰が発生しました。はい、僕の売った商品で人間が刺されるという事態が起こったわけです。起きる気がするなー、とは思ってましたが、我が母校の平均IQの低さをナメてました。まさかそんなすぐ起こるとは思わなかった。ペーパーナイフなんですけどね…まぁ尖ってますしね…。結構流血したそうです。僕はそのような事態が三年生のフロアで起きているとはつゆしらず、ナイフやらなんやらのゴッチャリ入ったカバンを部室に隠し、大変愉快な気分で授業を受けていました。教科書は全て机に突っ込んであるので、カバンがなくても特に不都合はなかったです。

あれは確か国語の授業だったと思います。突然授業が止まり、数人の教師が教室に雪崩れ込んで来て持ち物検査が始まりました。僕はナイフを持って授業を受けるほどアホではないのでそこでは捕まりませんでしたが、バカ数名がナイフ没収になりました。やばいやばい、こいつらはバカだし意思も弱いので僕が売ったということは必ず露見する、とりあえずバックレだ、とにかく学校から逃げ出そう…と思ってたらですね、そのまま数人がかりで職員室に連行されましてね…。

あれはすごかったね、職員室に投げ込まれるまでほとんど地面に足がついてなかった。いやー、とっくの昔に僕が売ってるの割れてたんですね。教師舐めてましたね、本当に速かった。別室ではヤンキーヘッドと愉快な仲間たちもガン詰めされてたらしいですね。つーかあのクソども、一端の不良を気取ってる癖に教師に仕入れ元ゲロったの本当に死ねばいいと思う。そこはダメだろ常識で考えろよ。

こっから先はあんまり楽しい思い出じゃないんですけど、いやまぁね…。話は「はっちゃけて怒られました」で閉じないですよね…。はい。あんまり詳細に書くとあれなんですが、ハイパーメガウルトラアルティメット怒られタイムに突入し、財布に入っていた儲けも隠しておいた商品も全て没収され、耳から緑色の汁が出るくらいグチャミソに怒られました。はい。社会がマジギレするとこういうことになるのか…という感じがしましたね。社会は本当に怖い。せめて現金をまとめて持ち歩かなければ利益は持ち逃げできたし、商品も学校に持ち込んでさえいなければ後から少しずつ換金できたんでしょうけどね…。ヤンキーヘッド抑えて完全に調子に乗ってましたね…。隠し場所も安直過ぎましたね。あっという間に発見されてしまった。

最初は「違法性はない」「自分の金で買った商品を売ることに何の文句をつけられる筋合いがある」「刃がついてない、つまりナイフではない。ペーパーナイフは文房具だ、文房具を売って何が悪い」「俺の商品を奪う権利があんたらにあるのか、それは所有権の侵害だ」などと論陣を張ってみたりもしたんですけど…まぁね…。はい。本当にすいませんでした。はい。親とか出てくる話になるんでこの辺でいいっすかね…。

まぁ、あれですね。地回りのヤクザを抑えて調子に乗ってたら警察に怒られたみたいなあれですかね…。あ、僕はとても真面目で誠実なチャイルドだったので、出資者と仕入れ元は最後まで口を割りませんでした。これは自分を褒めてあげたいです。すいません、反省してます。

 

いい話ですよね

いや、本当になんというかですね、この話本当に「商売」という感じするじゃないですか。社会に怒られるところまでワンセットで。世の中の人間がハシャいで怒られが発生するまでの流れって大体こんなんじゃないですか。

でもほら、あれですよ。この話ですけど、僕の何が悪いって、本質的に悪いこと何一つしてないじゃないですか。少なくとも法にはだいたい触れてない。刃はついてないわけですし。(正直に言うと、バタフライナイフ型の時点で、おまわりさんがその気になれば軽犯罪法で取り締まられる気はする。バタフライ型のペーパーナイフを所持する正当な理由は難しそう)

商材を見つけ、出資を募り、仕入れ、おっかない人たちを抑えて販路を作る。めっちゃ頑張ってるじゃないですか。需要をガッチリ認識してるのもエラくないですか?しかも、社会的なアレで供給が乏しくなった商品をピンポイントで仕入れてるんですよ。しかも需要は増えて供給は絞られてるのに仕入れ値は下がってる商品ですよ。これしかない!って感じしませんか。

まぁ実を言うとエラくは特にないと思うんですけど、「これは売れる」という感覚は間違ってないですよね。将来的に僕がめっちゃお金持ちになったときに逸話として語られてもいいと思いませんか。将来的にめっちゃ金持ちになる目があるかはともかくとして。すごい頑張ってると思いませんか。アントレプレナーシップと呼べませんか。呼べませんか。確かにそんな気はしてた。ごめん、調子に乗った。尚、出資してくれた曖昧なおっさんたちに事の顛末を説明しにいき、「一ヶ月1000円ずつ返すから許してください」という話をしたら、大爆笑の末なんか褒められました。それから頑張って少しずつ返そうとしましたが、受け取ってもらえませんでした。これはいい話では。微妙なところか?

今でもたまにバタフライナイフという概念を見かけると、この思い出を思い出します。懐かしいですね。良い経験を子供の頃に出来た、大変微笑ましい思い出であり引き際という重要な概念を教えてくれた経験だった…と思っていたのですが、その後30歳を目前にしてやはり引き際を誤って爆死し、現在はブログを書いているという話でした。ご清聴ありがとうございます。次は上手いことやります。次こそは。

ちょっと毛色の違う話で発達障害関係なく恐縮ですが、今後もやっていきましょう。