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発達障害就労日誌

色々あるけどまぁ生きていこうじゃないかというブログです。

雑記 なるべく他人に共感する努力をすると、最終的には割と得をするんじゃないかという話

考えてみた

みんな一番辛いという話

今日はビール飲みながらダラダラ書きます。

syakkin-dama.hatenablog.com

コレのブックマークコメントに、「人の上に立つなら感情のコントロールくらい出来るようになっとけよ」みたいなお話があって、「まぁその通りだなぁ」と思う一方、人間が人の上に立つタイミングというのは中々選べないもので、しかも通常「人の上に立つための専門技術」みたいなものを学ぶ機会もないんだよなぁ、などと思い、これは困った話ですねというところなんですが。

もちろん、昨日のエントリにも書いた通り「部下を精神的に追い詰めるのが三度のメシより好き、嫌われたくないとかそういう感情は持ってない」みたいなタイプの上司も存在しますし、「感情のコントロールがクソほども出来ない」という困った上司ももちろん存在して、それは本当に当たるとキッツイんですけど。

でも、その一方で上からは成果を上げろと詰められまくってるのに、下はまるで動いてくれないというどうしようもない状況に嵌りこんで、それをなんとかするべく必死になった結果が「ガン詰め」という形で表れてしまう上司の皆さんもいっぱいいると思うんですよね。部下を追い詰める上司が部下以上に追い詰められているという地獄絵図はわりと発生しがちで、本当に辛いところなんですよ。更にその上まで追っかけてみると、経営陣は経営陣で資金繰りやらなんやらで死に掛けてたりしますし。この世は地獄だ。

焦燥感でパリパリになった状態でまともなマネジメントなんて出来るわけがないんですよね。そんな状態で感情のコントロールなんて出来るわけがない。また、そういう状況になると新卒とかそういう立場が「楽そう」という風に見えちゃうわけですよ。だって責任が無いわけだから。「こいつが俺より辛いなんてあり得ないだろ」みたいな発想が自然に生まれてきちゃう。新卒は新卒で、上司の立場になったことなんてないわけだから上司の苦悩を推し量ってやることもまた難しい。わかんないですよね、実際のところ。僕も自分でやってみるまで全くわかんなかった。

みんな「俺が一番辛い」って思ってるんですよ。経営陣も中間管理職も新卒も。そして、実際みんなナンバーワンでオンリーワンの辛さを持ってるんですよね。また、中間管理職とか経営者とかそういう立場になってから、新卒だった頃の辛さとか中間管理職の辛さとかを思い出すのも難しい。(そもそも順調に出世したのであまり辛いというイメージを持ってないなどもありえる)

僕は、デカい組織の新卒やって経営者やって今は非正規雇用の雇われ営業マン兼敗戦処理の残りカスみたいな会社の社長なわけですけど。(すごいな、見事なテンプレ転落人生だ)まぁ、24歳から30歳くらいまでの間に面白いほど立場がクルクル変わったわけですね。新卒がいきなり人雇って上司になったりしたわけですよ。「人を使うの本当にキツい」ということだけはよくわかりましたね。そのうえ、全部基本的には上手くいかなかったわけですけど。一時的に良かったりもしたけど結局コケたしね…。

まー、辛かったですね。新卒も辛かったし会社経営も辛かった。今が圧倒的に楽ですよ。だって、仕事に行けばとりあえず固定給の部分はもらえるし、うまいことやれば歩合も貰える。他人のカンバン背負って営業するの本当に楽ですね。だって僕のカンバンじゃないもんね。他人の信用(しかもそこそこ積み上げられた)にフリーライドして仕事するの最高でしょ。その上、資金繰りのことも考えなくていい、従業員の給与の振込みが何日後か考えなくていい。経費の精算にビクビクしなくていい。「交通費ください」って言えば領収書が現金に戻るのすごいですね。感動しました。

僕は未だに「経費くれ」って言うのにすごい罪悪感があって(言われるのものすごく辛かったから…)なかなか請求できないんですけど、「おい、交通費清算しろ」って言ってくれるわけですよ。すごいですね。そういう感情を持ってると自然と職場の人間に対して好意と共感が沸いてくるし、多少の理不尽があっても怒りの感情なんかそうそう沸いてこないわけですよ。「俺にこの人を責める権利があるか?」と考えると、「無い」しかアウトプットされませんからね…。だって、こないだまでそっち側の立場でしたからね。キツさや苦労なんて大体想像出来ちゃうわけですよ。

良い新卒にも良い経営者にもなれなかった人間が自分だ、という諦めについてですが、これは結構驚きなんですが人生をフワッと楽にしてくれたところがあります。結果としてあのようなエントリが書けました。

なんの話だっけ

ああ、それであれです。要するに、みんな「俺が一番辛い」と思っている話ですが、これは要するに「他人の立場が想像出来ない」という点に起因するんだと思うんですよ。かといって、これは「想像力の不足」というわけでも決してなく、普通出来ないんですよね。だってやったことないわけですからね。

他人に同情出来る、というのは一種のスキルだと思うんですよね。「ああ、この人クソ辛い立場にいるな」というのが実感としてわかれば、多少の理不尽さをぶつけられても結構呑み込んでそれなりに的確な行動が出来ちゃうんですよ。その結果として物事が上手く運ぶことは非常に多い。理不尽をぶつけられたとき「それは理不尽だ」と叩き返すのって、大体の場合悪手ですからね。

発達障害者はふんわりした表現をすると「異常に空気が読めない」とよく言われますが、逆に「超デキる新卒」は「異常に空気が読める」のではないかと思うところが最近あって、あいつら経験したことのない立場の人間の辛さもある程度見えてるのではないか、という仮説が生まれつつあります。超デキる新卒がこのブログを見ている可能性は薄いと思いますが、もし見てたら種明かししてください。おまえら、僕が20代を丸ごと投じてやっと多少見えるようになった(ような気がしている)世界を物心ついた時から見てるんですか。それは理不尽過ぎる話じゃないですか。

人間に共感する能力

僕は、他人に共感する能力がかなり低い方だと思います。それどころか、「他人の立場など知ったことか」というスタンスでやってきました。だって、他人の立場なんて所詮は他人の立場ですからね。気にしないでゴリゴリ合理性で突き進むのが最適解に決まってる。そのような確信を抱いて前進した20代は無残な敗北で終わったわけですけれど。(冷静に今考えるとそりゃそうだという気しかしない)

でも、他人の立場をエミュレートして何を望んでいるか想定する能力って、冷静に考えるとクソ重要ですし、その気になれば悪用も出来ますよね。まぁ、悪用といっても資本主義社会で合法の範囲で他人の背中を刺して利益を得ることは悪なのか?という話は当然ありますが。まぁ、とにかく「他人に大いに共感しながら、極めて冷酷な決断を下す」ということも可能か不可能かで言えばぜんぜん可能なわけですし、なんなら非常に重要なわけですよ。

 冒頭で紹介した僕のエントリは今のところ、「とにかく媚びろ」という要旨に見えると思いますが、最終的には「他人に共感する能力を持ちながら、同時に冷酷かつ利己的な判断を可能にしろ」という地点に着地する予定なんですよね。ほら、人間の背中を刺すには背後取らなきゃいけないわけじゃないですか。

 共感をベースに行動を組み立てるのはわりと合理性がある

これはデキのいい定型発達者の皆さんにはもしかすると常識以下の話かもしれないなー、と思いながら書くんですけれど。ロジカルな行動規範にしたがって動くより、他人への共感をベースに行動する方が、少なくとも短期的には合理的であることって割と多いなぁ、と思います。要するに「空気を読んで動く」というやつですね。

限界まで追い詰められてパリパリになって怒鳴り散らす上司に「コイツはクソだ」と思いながら接する人間よりは、「この人もめっちゃ大変だろうな」と思いながら接する方が、上手くいく確率は高まると思うんですよね。「新卒は大変だろうな」と思いながら接する上司は、「新卒は責任が無くて楽だな、見てるだけでムカつく」と思って接する上司よりは良い上司になり、良いマネジメントをする確率が高いと思います。もちろん、他人の立場を理解して共感するだけでは不足で、時にはその共感を切り捨ててロジカルな判断を下す必要もあるわけですけど。それはそうとしても、他人の立場をエミュレートする能力って絶対要りますよね。

そういうわけで、「人間は皆オンリーワンでナンバーワンの辛さを抱えている」という前提を持っておくのは基本的に有用だと思うんですよね。この世の中、辛さを抱えてない人間なんて稀だと思いますし、他人の立場に寄り添ってやる姿勢は大変実用的に役に立つと思います。

 

他人に共感することとロジカルな判断は並立するんじゃないか

発達障害に起因するものなのか否かは判然としないのですが、僕は他人の立場をエミュレートするというのが得意でなく、また他人への共感性も薄いタチなので、あまり他人に共感し過ぎてまずいことになったことはありません。自分が理解できない、経験したことのない立場の人間に対しては非常に冷酷な考え方を持って生きてきたと思います。そういう意味で、かつて僕の上司であったり先輩であったりした皆さんは不幸だっただろうな、と思います。誠に申し訳ない。

結局、僕が共感出来る対象の人間って「自分の過去の経験から推し量れる範囲の立場にいる人間」だけだと思うんですよ。(まぁ、その共感自体がマト外れである可能性も大いにあるんですが)

それでもまぁ、なんというか。「相手の立場に共感しながら、同時にロジカルで利己的な判断を働かせる」ということが多少出来るようになったな、という気が最近しています。もともと利己的でロジカルな判断は得意だったんですが、それに加えて他者への共感というものが加わったというか。なんというか、「あなたの立場はわかる」という気持ちも本心ですけど、「それはそれこれはこれ」という判断も同時に存在しているわけですよ。あまり詳細に書くと僕を信用する人間がこの世に一人もいなくなる気がするのでフワッとぼかして書いてて申し訳ないんですが。

他者に対する共感と利己的でロジカルな判断というのは並立する思考だと思うんですね。これを上手いこと両立させてやっていくことが、人間の群れの中で上手く立ち回るコツなんじゃないかなぁと最近は思ってます。どっちかが突出すると大体辛いことになる気がするなぁと。そしてここまで書いて思ったんですけど、これって常識のような気がする。どうなんだ。そんなことだから人生失敗するんじゃないのか。

 

そういうわけで

「人の上に立つなら感情のコントロールくらい出来るようになっとけよ」という発想はあまり良くないのではないかなぁ、と思います。もちろん、理想論としては仰る通りなんですよ。出来るようになってるに越したことはない。なってて欲しい。でも、現実にそうはいかない。感情のコントロールが出来ないまま上司になってしまう人はいっぱいいる。むしろ、感情のコントロールなんてものを出来る人間の方が少ないです。そんなの学ぶ機会ほとんど無いですからね。

だから、切り捨てるのではなく「感情のコントロールが出来ない上司」の立場に寄り添ってやることが大事だと思います。あなたが仮にその上司に対して「絶対に殺す」という感情を抱いていたとしても。その目的を実行するためにも。

「この人はこの人なりにしんどい立場にいるのだろうし、マネジメントの技術を体系的に学ぶ経験なんてもちろんしたことが無いんだろうな」という前提がオススメです。共感を発生させやすくなります。それはそれとして、「こいつは機会を見つけて殺す」という思考も結構たやすく両立します。

「人の上に立つならば感情のコントロールくらい出来るべきだ」というべき論はこのような矛盾する観念をを並立させることを難しくさせる気がするんですよね。共感を切り捨ててしまうというか。そういうわけで、最近は「大抵の人間は同情に値する事情を抱えている」という考え方が僕の中で流行っています。なるべくそれを汲みとる努力をしよう、その結果として相手の望むことをなるべく実行してやろうと思ってます。

それはそれとして、もちろんそれをする目的は自分が得をするためですし、損をするならそんなことは絶対しないですけど。実際のところ、なるべく他人に共感して相手の立場をエミュレートしながら最適な行動を探るという努力は、結構得をする気がします。一番大事なのって得することじゃないですか。「かくあるべき」論を振り回してもあんまり得しないし、全ての上司が感情のコントロールを習得するなんてありえないですしね。

理想論を言うと、新卒も中間管理職も経営者も、皆が全員にうまいこと共感してお互いの立場を慮り合うのが一番だと思いますが、人間がコントロール出来るのは大抵自分だけなので、結局自分が他人の立場を汲む努力をするしかないですよね。辛い話ですけど。

まとまりのないあれで申し訳ないですが、そんなことをダラダラ考えました。

やっていきましょう。